■□天上の花
#7
「おいっ!どあほう、どーいうことだ!」
滅多に聞けない、ルカワの怒声が響き渡る。
「おめーは村に帰るんだよ」
無機質にハナミチは言い放つ。ギュッと掴んだルカワの手を引いて、神殿の外へと引き摺っていく。
外はかすかに曇っていた。
ルカワを村に返すと決意したハナミチはすぐさまルカワを叩き起こした。数少ない、彼の持ち物を簡単にまとめてやると、それを持たせルカワを村に返そうと神殿の外へ連れ出そうと躍起になっていた。
「なんでだ!」
ルカワが足を踏ん張った。当然力では勝てないハナミチはその場に足を止めるしかなかった。ハナミチは前を向いたままで、ルカワに顔を見せない。ルカワはハナミチの手を引いて、こちらを向かせた。しかしハナミチは俯いたままで、やはりルカワから顔は窺えなかった。
しばらくルカワはじっと俯く、真っ赤な少年を見ていた。
「どあほう」
痺れを切らしたのは、ルカワだった。声から焦燥感が滲み出ている。
当然だろうと、俯きながらハナミチは思う。
いきなり何の理由も聞かされず、帰れと言われたところで素直に帰れる訳がない。自分がルカワの立場だったら、同じように詰め寄るだろう。
不意に自分を掴む、ルカワの手が目に入った。
掴まれた手が熱い。その熱の心地好さにハナミチは酔う。
ああ、この男を離したくない。離したくない。でもそれはできない。
ルカワは村に返すと決めたのだ。
ハナミチの頭には、今はその思いしかなかった。
「おめーみたいな、役立たず…もう、面倒見切れないんだよ」
決して本心ではないことだった。だけど、ハナミチは言わざるを得ない。ルカワを村に返すために。命を助けるために。
感情が溢れ出しそうなのをハナミチは懸命に堪える。
歯を食いしばる。そしてハナミチは言った。
決定的な一言を。
「ルカワなんか、………もう、…いら…な、い」
言いたくない一言。だけど、言わなければいけない一言。
フジマに言ってしまう前に、ルカワを村に返さなければならない。
「どあほうっ!」
グッと顎を掴まれ、上を向かされる。ルカワが息を呑んだのが判った。ハナミチは目を閉じる。その拍子に零れる涙。
「おめー、なんで泣いてんだ?」
打って変わった優しい声。ハナミチの恋しい、声。またついっと、涙が流れる。
我慢しても我慢しても流れる涙。もう止めることなどできない。
ルカワの大きな手がハナミチの頬に触れる。親指の腹で零れる涙を掬う。
「泣いてない」
「泣いてる」
「おめーが言うこと聞かないからだ」
「なら理由を言え」
ハナミチが閉口する。
「どあほう」
ルカワが溜息をついた。ハナミチは涙をポロポロと零す。
もう一度、ルカワが溜息をついた。刹那、強い力でハナミチはルカワに引っ張られた。そのままルカワの胸のうちにハナミチは捕らえられる。鼻先にルカワの匂いがした。
「おめーがそんなんじゃ、どんな理由があってもおめーを置いて村になんて帰れねえじゃねーか」
ギュッと、ルカワがハナミチを抱きしめる手に力を込めた。
「好きだ」
一瞬、ハナミチは何を言われたか判らなかった。顔を上げると、ルカワが優しく微笑んでいた。ハナミチが見惚れた笑顔。
そして、もう一度紡がれた。
「おめーが好きだ」
真摯な声がハナミチの胸に染み込む。呆然と、ハナミチはルカワを見つめた。
「す、き?」
無意識のうちに、そのことばをハナミチは呟いていた。コクリと、ルカワは頷く。
「好きだ」
ルカワはハナミチの額に触れるだけのキスを送った。濡れた瞼に、頬に次々とそっとキスを送る。それはハナミチを安心させるかのような、温かな、口付けだった。
「オレはおめーと離れたくない」
まっすぐな漆黒の瞳がそう告げる。
「どんな理由があろうとも離れたくない」
いつもは閉ざされがちな唇が、ハナミチに愛を囁く。ハナミチの目から涙が零れる。それは嬉しさからなのか、それとも悲しさからか。
オレはどうすればいいのだろう。
ハナミチは空を仰いだ。
この手を離さなければ、ルカワが死んでしまうかもしれない。
だけど、どうすればこの手を離すことができるだろう。
こんな真摯な愛を自分に囁きかける男をどうして手放せるだろう。
フジマ、オレはどうすればいいのだろう。
ハナミチは神に縋る。
心が葛藤する。どうしたらいいのかと、答えを探している。だけど、答えは見つからない。
どうすればいいのだろう。
ハナミチはフジマに問いかける。
『ハナミチの思うようにすればいい』
刹那、脳裏に届く声があった。慈愛に満ちたその声は、神のもの。
オレは自分の望む通りにしてもいいのだろうか。
ルカワの手をずっと握っていてもいいのだろうか。
そう言われても、まだ心が迷う。ルカワが大切だから、死なせたくないから。
『後悔だけはしなように、ハナミチ』
ああ、とハナミチは感嘆の声を上げる。
神がそっと背中を押してくれている。
もうハナミチにはそれだけで十分だった。
迷ったりなどしない。
この手を放さなくてもいいのだ。
大きなルカワの手を。
涙に濡れた顔は、今はもう喜びに輝いていた。溢れんばかりに笑みが零れている。
本来のハナミチの、ひまわりの笑顔。それはルカワを捕まえて離さない。
ハナミチはギュッとルカワの背に手を回した。そして彼の胸へと頬を擦りつける。
もう決して放したりしない。
こいつはオレのもんだ。
ようやく辿りついた答え。
昨日の決意とは打って変わった答え。だけど、ハナミチは後悔などしない。
この答えこそが、ハナミチが何よりも望むものだからだ。
「ルカワ」
そっとハナミチは呼びかける。なんだ、と甘い声が降りてくる。くすぐったそうにハナミチは笑ってから、そっとルカワを見上げた。しっかりと漆黒の瞳を見つめる。
もしもルカワが殺されるようなことがあったら、オレも死んで詫びるから。
だから、お願い。
「ずっと、傍にいてくれ」
微笑むハナミチの笑顔は、花のよう。天上に咲く、小さな赤い花。
「誰が放すかっ」
そう言うや、ルカワがきつくハナミチを抱きしめた。
切羽詰ったルカワの声に腕にハナミチは嬉しさのあまり、どうにかなってしまいそうだった。得も言われぬ幸福感に心が溶けてしまう。
ルカワ、ルカワ、ルカワ大好き。
心のなかで、ハナミチはルカワの名前を繰り返した。
空はいつの間にか晴れていた。
その後、ハナミチは今までの経緯をルカワに話した。
今までの世話係の末路を。
その末路がハナミチの一言によって齎されたことなど。
しかし、その話を聞かされてもルカワは表情ひとつ変えなかった。それどころか、そっとハナミチを抱きしめた。
「おめーのせいじゃねー」
短くルカワは言う。
「ルカワ?」
いきなりのことに、ハナミチは当惑する。そんなハナミチを置き去りにし、さらにルカワはことばを募らせた。
「おめーが気にすることじゃねー」
「…」
なんて男だと、ハナミチは思う。
どうしてこの男は、こんなにも自分を安心させることばをもっているのだろう。
ルカワのことばは短いながらも、ハナミチの心に今まで痞えていた何かを押し流していた。
「ルカワ…」
甘い囁きはかすかに涙に濡れている。ルカワはそっと微笑み、あやすようにハナミチの髪を撫でた。
「オレは絶対死んだりしねー。だからおめーは安心してればいいんだ」
ルカワのことばに、ハナミチはうんうんと何度も頷いた。
「ずっと一緒にいよう」
いつまでもいつまでも。
2人で居れば、決して辛いことなんてない。
また中庭で昼寝をしよう。喧嘩もしよう。でも必ず仲直りもしよう。
2人は強く強くお互いを抱きしめた。2人の温もりが溶け合うように。
「愛してる」
「オレもだぞ」
どちらともなく、顔を見合わせる。ふわっと笑い、降りてくる唇にハナミチはそっと目を伏せた。
空は2人を祝福するように、青々と輝いていた。
■□
お疲れさまです。
これにて「天上の花」終幕です。
どうでしたでしょう、なんてとても聞けませんよ。
ああ、ホント穴があったら入りたいくらいです(汗)
とにかく終焉を迎えられたことにホッと胸を撫で下ろしている柊です。
一応この話元ネタがあるのですが、もう恐れ多くて言えません。
全然違う感じになっちゃって。ホントはもっといい話なんです!
なのに私がパロるとこんなカンジ。あうあう。
どなたか判る方っていますかね?
ここまでお付き合いくださいまして本当にありがとうございました!
最後に、ルハナbravo!!
04.11.23up
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